Text Size : A A A
Img_8e7ad5780a7305e35f7133cc4558b927

昨今の有り様をみて徒然。
愚かさを覆い隠すための、計算された清らかさがもてはやされているよう。

母校が教えたことは、芸術や、それに伴う思想をどうやってお金に変えてゆくかということだった。
崇高な侵すべからざる領域としての芸術なんか存在し得なくて(それは願望でしかなく)
資本主義経済に抗い乍らも組み込まれてゆく構図を、次々と俯瞰させられた。
欲と権力と下世話な動機に満ちていて、柔らかな自己実現としての「アート」なんて消し飛ぶ。
でも、そのぎりぎりの狭間で、のたうちながらも今世の善悪を誠実に吐き出そうとしている作家たちを識った。
既成の構図を、やすやすと美しく乗り越える瞬間を、観た。
すこぶる即物的ではあったが、「アート」は甘美などではないと痛烈に叩き込まれたからだろう。
産まれた表現ののっぴきならない衝動に対面すると、深い畏れと敬意をおぼえる。

揺さぶられる作品は、遥かまで亘る沈黙と怒号に満ちている。あきらめないでほしい。
わたしは、そういう表現に何時だって出逢いたいのだ。
生きているということを、考えるために。