変わらぬご贔屓、ありがとうございます。                  24日(月)は祝日ですけれども休業日とさせていただだきます。この連休は梅の花を愛でに出かける方もいらっしゃるでしょう。               どうぞ穏やかな時間をお過ごしくださいませ。

.

.

.

.

いつもお立ち寄りくださりありがとうございます。              24日(月)は祝日ですけれども、定休日とさせていただきます。       どうぞご了承下さいませ。

お元気でお過ごしでしょうか。近頃は、不安や恐れが増す報道が続きますね。

きっと「腎」も弱って来ていることでしょう。補うためにも、まずはきちんと食事で栄養を摂って下さいね。お味噌汁は忘れずに。そして、大地に根をはり生き抜く、冬の根菜類も欠かさずに。怯える心は判断も誤らせます。見つめなくてはならないものを取り違えないでいたいものです。                 そして、ほんの少しのお手伝い、人参をたっぷり焼き込んだお菓子をおやつにどうぞ。

まめすずは、いつもどおり。

拝啓 水俣蜜柑さま

 今日も、水俣の空は晴れているのでしょうか。不知火海は何色に染まっているのでしょう。渚のない奈良へ戻りますと、あの静かな海の水面が鏡のように空の色を吸い込み、そのままわたくしを照らし返してくれたような、広々と穏やかな心地になった時間が思い出されます。 

 蜜柑さんたちが今季も届きました。無事に実りを迎え、箱にぎっしりと詰められ遥々とようこそ。到着早々ですけれども、みなさんを流水でごしごしと洗います。お顔はでこぼこ、風雨に晒され其処ここには凛々しい傷あと。相変わらず渋さの走る目鼻立ち。滴したたるお顔をきゅっと拭き上げ、堂々とした表皮をえいやっと剥けば、ふかふかの白い綿に守られた瑞々しい果肉。太陽のかけらが零れます。

 一年の月日、太くはない枝先に、堪えて育ってよくここまで辿り着いて下さって。畑に降り注ぐ力強い陽光は虫や下草までにもくまなく届き、さぞや蜜柑さんたちを護る方々は、昼も夜も気力を費やしたことでしょう。

 二十年ほど前に、初めて口にした時から随分と長いお付き合いですのに、こうしてお手紙を差し上げるのは初めてですね。みなさんが辿って来られた日々を思い乍ら幾つかの言葉を差し上げても、よろしいでしょうか。

 「みなまた」という柔らかな響きを持つ土地の名を耳にしたのは蜜柑さんたちとの出会いからでしたね。ひとくち食べ、その濃い味わいにびっくり。何の気もなく生産先を調べ、初めてその生い立ちを知ります。「みなまた」という街に途方もなく深い曝露を受けた方々がおられ、ままならぬ身体で生きる術として海から陸に上がった、哀しみの実りの賜物であるという背景を。その土地には「毒を喰わせられた者は、人に毒を喰わせられない」との決意で畑に立つ方が大勢いらっしゃるということを。

 わたくしは根っからの食いしん坊ですので、あらゆる食材をほしいままに楽しむ、当時はお気楽な食生活。有機農法に携わる仕事をしていたこともあり、<安心安全な食物>を分かったように過ごす日々。それは包装紙に書かれる、まことしやかな文言や自然派を謳うデザイン。包装紙に貼りつけられた認定証云々を確認すれば叶う対象。畑の成り立ちもしらぬまま、土の匂いから遠く離れて生きておりました。

 選べない食で過ごす人々の在りようを想像したことがあっただろうか。あらゆる欲望を飲み込んだ眼差しで食を眺める浅ましさ。食材をファッションのように選んでいる身に優越感さえ感じていたわたくしは、横面を張られたような衝撃を受けました。

その後、時間をかけ食養生を学び、砂糖依存の長い日々から抜け出して身体と心を養う営みを遊びではなく本業にする道を探り始めました。その傍には、いつも蜜柑さんがいましたね。

 さて粉と甘味を用意して、卵を割って仕込みに取り掛かりましょう。焼菓子屋を生業にして十年余、みなさんはお菓子の中で一年を通し大活躍。睦月、如月、弥生の頃は、庖丁を入れたらば惜しいほどに果汁が迸る身を生かすケーキやクッキーを。皮は丁寧に刻んでマーマレードに。日差しにくたびれそうな日には、ミントと一緒になり込んでさっぱりと。レモンは薄く切り砂糖と一緒に広口瓶に寝かせて数か月。暑い夏が訪れる時分には微かに発酵し、それは爽やかなレモネードへと変身。うんと寒い日は、たっぷりの生姜やスパイスと合わせて冬の味。焼いても煮ても炊いても不思議に風味が損なわれません。水俣蜜柑さんは体力があるなあ、なんと逞しいことよ。

 箱を開けた瞬間、辺り一面へ笑い声が弾けて広がるようですね。知り始めた当時は鮮やかな色彩と病の重たさが入り混じり、受け止めきれず戸惑いを感じたのを覚えています。あまりにも、その声があっけらかんと明るかったものですから。

 豊かな海からあがるぴちぴちの魚や貝、満腹になるまで食べ、愛しい人々に囲まれ、命を全うする。こんなに美味しい魚が溢れる海を前にして獲らずにおられようか。水銀には、味も臭いも無いのです。朝夕に食べて育った一人は、わたくしだったかもしれない。そう思い当たった時から、食べることに真摯に向き合うようになりました。満たされぬ何かを埋めるため、安易に頼っていたのです。食物は拒まれることのない愛情のようなものですね。愛していた海が毒に変わってゆく絶望は形を変えていつでもどこでもこれからのわたくしたちに起こりうる。いえ、もう既に起きているのでした。でもその答えや救いは果たして見つかっているのでしょうか。

 あなたたちは、甘さと苦さをお腹いっぱいに湛えた橙色の手紙の礫なのです。飛び込む礫を剥きながら、わたくしは食べる喜びとかなしみを噛みしめるように自身へ問うています。この礫の一つ一つは、不知火海の失われた魚達のようにも思われてくるからです。恵みを頂くことにどうか傲慢になりませんように。「みなまた」を教えてくださって、ありがとう。これからもどうぞ支えていてくださいね。

                                 敬具

※一般社団法人 水俣病センター相思社発行 機関紙「ごんずい」152号   特集「水俣 食べもののはじまり」寄稿より   http://www.soshisha.org/jp/

今年も、ごろんと届きました。熊本・水俣の畑から。

年経るごとに、旬の到来がますます有り難く感じます。暦から身体が引き剥がされてゆくような変動の中で、太陽を浴び、きちんと実ってくれることが、うつろう日々の錘になってくれているのです。

柑橘菓子のはじまり、腕が鳴ります。

絶品ネーブルオレンジがたわわに生る、福島さんの畑。

「第一回 旅するカタリとお友達 奈々福笑い」にお越しくださいました皆々様、誠にありがとうございました。店内は満員御礼、ぎゅうぎゅう。至らぬところも多々ありましたが、これは次回への宿題とさせて頂きたく存じます。

作家の姜信子さん、説経祭文の渡部八太夫さん、浪曲師の玉川奈々福さん、曲師の沢村さくらさん。沢山の公演を抱える中、この小さな町屋に集まって下さった稀有な夜でした。

帰り際、ぽつりとつぶやくお客さま。「そういえば、近頃は大きな声を出すってことを忘れていたわ。仕事場でも声は潜めているものねえ」           響きを伴わずに伝達する機器に囲まれているせいなのでしょうか、はたまた無関心なのでしょうか、深い呼吸も、お腹の底から笑うことも、想いを歌に乗せることからも遠くはなれ、生身のからだを生きている実感から遠のいているように思うのです。

旅するカタリの一座は、そんな失われてゆく声の行く末を深く案じておられるのかもしれません。次はどんなお友達を連れて来てくださるのでしょうね。

ぽろりと落ちた鬼の爪や、角や、拵えていると猫の抜けた乳歯にもみえてきた、中身は美味しい柚子の味。当日みなさまへお配りしたお菓子のひとつ。